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ただ、飛び上がっただけだ。それなのに、青空はぐんぐん目の前まで近づいてくる。
グレーズはアンリエッタを抱きかかえたまま、高層アパートの屋上へと軽やかに足をつけた。
「なっ、な、何っ! いいいい今のっ!」
甲高い悲鳴を上げるアンリエッタ。あわあわと顎が外れそう。
そんな彼女の顔を、グレーズはにこやかに見やった。
「えっへへー! すごいでしょ。僕のとびっきりの『才能』さ」
「さい、のう……?」
「そう! 僕はね、身体能力を強化できるんだよ。だ、か、ら……っ!」
グレーズは少し腰を落とすと飛び上がり、隣の建物に移った。
ひとっ飛びで、そのまま宙を駆ける。
「っ!」
思わず下を見てしまい、声にならない悲鳴が飛び出す。
黒い道路や紫陽花は小さなジオラマのよう。ミニチュアの家々、ビルディング、街路樹が更に小さくなっていき、グレーズのコートを強く握った。
「やだやだ! 怖い! 降ろしてぇぇぇぇっ!」
「大丈夫! 落としゃしないから! それよりも、ほら、見てごらん」
素早く駆けるグレーズの両脚。またもや宙を舞うと、今度はタワーの煉瓦壁を蹴った。風の唸りが耳の中を通り抜け、景色はあっという間に移り変わっていく。
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