1件目:馬鹿と天才は紙一重

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 狭い道路ならば三歩で渡りきってしまえる。車のボンネットを飛び越えて、軽やかに6番街へと足を踏み入れた。 ***  そこは、確かに紫陽花が咲き乱れる、リラの街とは一風変わった地ではあった。  6番街、紫陽花通り3番地は話に聞いていた通り、大きな庭付きの家。そこの玄関先で、慌ただしく出かける支度をする中年の夫婦がグレーズの姿を見るなり、依頼をさっさと告げた……のだが。 「え? 子守なんて聞いてないけど」 「あら、言ってなかったかしら。所長さんには確かに伝えたはずなのだけれど……うちの娘、アンリエッタを頼みますって」 「えぇぇ……」  苦笑を浮かべるしかない。意気消沈したグレーズだが、夫婦はただただ困った顔をして肩をすくめるだけ。 「でも、もうキャンセルなんて出来ないし……シッターも頼めないし、お願いよ」 「えぇ、あぁ、はい……喜んで」  言葉とは裏腹な表情で、グレーズは大荷物のローレンス夫婦を見送った。  家は三階建てで、庭にはプールまで備わっている。玄関ホールにリビング、キッチンは広々と、清潔感漂う。少し神経質そうな夫人でありそうだから人柄が顕著に表れていた。  一通り、一階を見回った後、グレーズはコートのポケットに突っ込んでいた携帯端末を取り出した。     
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