1件目:馬鹿と天才は紙一重

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 グレーズは息を吸い込んで、穏やかな声音を喉から引っ張り出した。 「お嬢様、おはようございます。どうぞ、この扉をお開けくださいますでしょうか」  ……それでも返事はない。ウンともスンとも言わない。  耳を押し付けても、やはり、衣擦れ一つしない。 「えぇ? なんで!? どういうことさ! いるんでしょー、お嬢ちゃん! 挨拶くらいさせてくださいよー! でなきゃ、この扉ぶち壊しますよーっ!」  足を上げて、扉に向かって、勢いよく……しかし、板をぶち抜くことは出来なかった。慌ててノブを回して、扉が小さく開かせた少女の手が見えたからだ。 「……いるから。ぶち壊したら、承知しないんだから」  ふんわりとした栗毛に、大きな両眼は大粒のエメラルド。その愛らしい容姿をちらりと見せた少女は、警戒の面持ちでグレーズを睨んでいた。  それでも、扉を開いてくれたならきちんと感謝しなくてはいけない。上げていた足を降ろし、グレーズはにっこりと笑った。 「はじめまして。4番街のレグルス探偵事務所から来ました。どうぞ、よろしく」  淡いターコイズの両眼を輝かせ、小さな依頼人を見つめる。 「僕のことは、グレーズと呼んでね」  ここは街が時計回りにぐるりと順に並んでいる都市、クロノ・ヴィル。     
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