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昔々。
今から、十数年前。
イギリス人のヨウちゃんのお父さんは、ヨウちゃんのお母さんと結婚して、ここ、花田市にやって来た。
そのとき、妖精のタマゴを十数個、浅山に持ち込んだ。タマゴはまもなく孵って、今、浅山にいる妖精たちが産まれた。
それから数年後。
あたしとヨウちゃんが四歳のとき。
お父さんは、妖精にタマゴを産ませることに成功した。
最初にひとつ。
一週間後にまたひとつ――。
「綾……」
低い声に呼ばれて、あたしは顔をあげた。
ごわごわの深緑色のヒースの葉の茂みに、ヨウちゃんが立っている。
モッズコートの上からでもわかる、広い肩幅。平たい胸。ジーンズをはいた細長い足。
「綾、羽を出してみろ」
すでに声がわりを終えた声で、ヨウちゃんは静かに言った。
「……え? 今、ここで……?」
あたしは、キョロキョロとあたりを見回した。
ヒースの茂みの中に、さっきまであたしたちがいた砲弾倉庫跡の、赤茶けたレンガの壁がのぞいている。
うす雲でおおわれたお昼の太陽。
ほおに吹きつける一月の風。
花田みたいな田舎町の、浅山みたいな里山の奥に、元旦から足を踏み入れるような人なんて、あたしたち以外には、だれもいない。
あたしは、こくんとうなずいた。
頭をぼうっとさせて、肩の力を抜いてみる。
両肩の後ろ、肩甲骨のあたりが、ぽうっと銀色に光った。
銀色の光の粉が、肩甲骨からあらわれて、チラチラ、あたしの背中をおおっていく。
まるで、満天の星空。
それか、遊園地のイルミネーション。
銀色のりんぷんが、あたしの背中に、大きなアゲハチョウの羽の輪郭をつくっていく。
羽には、網の目のような脈が入り組んでいて、銀色にかがやいている。
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