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「なあ」
「うん?」
「やめないか、部活」
「え……」
門限まであと一時間足らずというところで、ようやく顔を見せてくれた恋人に俺はのっけから切り出した。待ちわびていた両腕の中の彼女は、きょとんと目を見開く。
「今日、練習ちらっと見えたんだけど、お前恋人のいる役なんだな」
「そ、そうだけど、でも……」
「手つないでた」
「ああ、一瞬ね! 一瞬だけね! 別にメインの役じゃないし、はけるときに一度、手をつないで走るだけだから……」
「でもやだ」
「う……」
早苗はまた、困ったような顔で俺を見た。
「一緒にいる時間も減るし」
「でもほらっ、それは本番前だけだからっ」
「でもやだ」
「うーん……」
早苗は俺の身体に手をつき、距離をとって背筋を伸ばした。それから露骨に真剣な顔つきになり、腕を組んで考える仕草を見せる。
「……でもあたしも、部活やめるのはやだな。中等部からずっと続けてきたんだし、何よりお芝居が好きだし、お芝居してる私を息吹先輩にも見ててほしい」
そうだよな、と、俺は乾きにひりつく喉の奥のほうで独りごちた。
――ああ、暑い。かんかん照りの太陽が目の前にぐいぐい迫ってくるみたいな気分だ。
早苗はそんな俺に気づいているのかいないのか、あ、と鮮やかに顔をあげた。
「そうだ! じゃあこういうのはどう? 友だちが軽音部でバンド組むんだけど、男性ボーカル探してて、先輩にお願いできないかなって言われてたの。先輩、歌が上手いしギターも弾けるし、そっちに参加してみない?」
「なんで俺が……」
それとこれとは話が別だろう、と反論しようとしたのだが、早苗は頬を上気させてなおも言い募る。
「だってもったいないじゃない。あたし、先輩の歌声、好きだよ。すっごく上手いと思う。せっかく神様からもらった才能を活かさなくっちゃ」
「めんどくさい」
「そんなこと言わずにやろうよー。今からなら次の文化祭で一緒にステージに立てるし」
「興味ない」
「あたしがあるの! 先輩が歌ってるとこ、観たい! ――それにそれなら、お互い練習終わりに時間合わせて一緒に帰れるし」
一緒に帰れる、と上目使いで言われて、現金にも言葉に詰まってしまう。早苗はここぞとばかりに身を乗り出してたたみかけてきた。
「ね、やろ。いいでしょ? 先輩が部活がんばってるとこ、わたし見たいよ」
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