招き

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「早く。乗り遅れますよ。」  再び呼び掛けられ、楠田は思わず後退った。するとそれを切っ掛けに、三人が三人とも一斉にレンタカーに向かって走り、乗り込んだ。行きと同様に沢木が運転席に座り、楠田は行きとは違って後部座席に、田中は楠田と交代するかのように助手席にそれぞれ座った。沢木が慌ててエンジンを掛けて、勢いに任せて道路に飛び出す。幸い交通量の少ない道路らしく、楠田たち以外の車は見当たらなくて事故も起きなかった。 「……聞こえたよな?」  走り出して落ち着いたのかスピードを少し落とし、沢木が尋ねた。楠田と田中は頷く。 「あの、電車のオブジェの辺りに何か見えたか?」 「電車?オブジェ?何の話だ。」  楠田の問いかけに田中が振り向きながら尋ね返す。その顔は訝しむものだった。 「あっただろ。停めた車の正面辺りに。」 「いや、慰霊碑ならあったけど。」  沢木が低い声で呟くように答えた。田中も頷く。 「いや、担ぐなよ。今は洒落になんないわ。」 「お前こそ、怖がらせようとしてんだろ。」  田中が不機嫌そうな声で言う。どうやら真剣に、本当に、二人には電車のオブジェが見えなかったらしいと楠田は気付いた。そして思わず頭を抱えた。 「先輩も、石碑しかないガランとした広場みたいだったって言ってた。」  そう言う沢木の声は少し震えていた。 「……大体、大体こんな音や声が聞こえる時点でおかしいんだ。」  楠田は誰に聞かせるでもなく、独り言のように呟く。その台詞を拾った田中は、今度は困ったような表情で、少し柔らかい声を出して楠田を宥め始めた。 「けど、確かに聞いただろ?お前がそういうのに否定的なのは分かったけど……」 ――そうじゃない。まだ何かを喋っている田中は何も分かっていない。いや田中も沢木も、分かるわけがないんだ。  抱えた頭を掻き毟りながら、楠田は唸る。そんな楠田に田中は宥めるのを止めて前に向き直った。 「とにかく、早く帰ろうぜ。」  溜息混じりに田中は沢木を急かした。 「いや、カラオケしてからにしようぜ!幽霊とかって賑やかなの嫌いってよく言うじゃん。」  わざとなのか明るい声で沢木が提案する。楠田と田中は拒否する理由もないので沢木の案に乗っかることにした。
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