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「とにかく此所まで来ちゃったんだし、写真でも撮って帰るか。」
楠田は相変わらず自分の目には電車のオブジェが見えている箇所にスマートフォンのレンズを向ける。パシャリとフラッシュを焚くと、呼応するかのように電車のライトが点灯した。
「は?な、に?」
突然の明かりに楠田の目は一瞬だけ視界を奪われる。何とか目を細めながら光の向こう側を見ようとする彼の耳に
「おおい、遅いよ!」
昼間と同じ声が聞こえた。
「う、わ、ああああああああああ!!!!」
反射的に楠田は走った。だが車の前にはツアーガイドの格好をした女性が立っていた。
「お早く、ご乗車ください。」
「ひいいい?!何で!」
前後を挟まれた楠田は歯をガチガチ鳴らしながら立ち竦む。気付けば周りは数十人の人で埋められていた。みんなが穏やかに、にこやかに微笑んで楠田を見つめる。その視線に耐えきれず、楠田は頭を下げた。
「ごめんなさい。ごめんなさい!違うんだ。」
微笑む人々に楠田は涙を浮かべて謝罪の言葉を叫んだ。
「俺は、俺は、あそこは凄惨な事件が起きた場所だから、幽霊なんてゴロゴロいるだろって、書いただけなんだ。都市伝説サイトの雑談の掲示板に書いただけなんだよ!いつの間にか都市伝説が出来上がってたんだ!俺は、そんなつもりなかったのに!」
ツアー客や乗務員と思しき人々はただ黙って楠田の話を聞いていた。
「俺は、あんたらをオモチャにしたつもりはないんだ。呼び出したつもりもないんだ。だから、成仏してよ……頼むよ……」
もう、限界だと言わんばかりに膝を着く楠田の肩に、昼間手を振ってきた中年男性が手を置いた。
「さあ、行こうか。」
楠田が見上げた彼の顔には怒りも悲しみもなかった。純粋な楽しさだけがそこにあった。
「ああ、あああ」
意味のない呻き声を上げて、楠田は唯一空いていた空間へ逃げ出す。とにかく彼らから少しでも距離を取りたかった。絡まりそうになる足を何とか動かした楠田は、再び視界を光に奪われた。つんざくような、鋭い音が車のブレーキ音だと気付いたときには、もう、何も分からなくなっていた。
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