波乱の予感

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 王国グラジは、早春である。王宮の庭園ではプラムが白い花弁を溢れさせ、桃の香りが空気に微かに混じる。プラムは北の大国カリフから友好のしるしに送られたものだ。桃は南のフィラ皇国太子お手植えである。  東をアツミス海、西をブラニ海に挟まれ、カリフとフィラ皇国とは地を接している。幾度か戦争が起こったが、それも最果ての国、日本が発見された頃までの話だった。グラジは何度目かの平安の時代を迎えて、第五王子が椅子に寝そべり惰眠を貪っていても、咎める者などいない。  扉が開き、一人の従者が入室してくる。背が高く、温和な風貌だ。眼差しだけが鋭い。肌は浅黒く、茶色い目は金色の光りを宿して、王子ヒナゼの私室を見渡す。長椅子に横たわるヒナゼを見つけ、一瞬柔らかな色が掠める。足音もなく近づき、転々と転がった本を越えて跪いた。  穏やかな風がヒナゼの黒髪を揺らしている。ヒナゼの顔へと手を伸ばした。 「いッ」  額を弾かれて、ヒナゼが目を開けた。緑の目が不服そうに眇められる。 「ミンリ。こういうときはキスをするものだろう」 「どういうときかは私が決めます。少なくとも、よだれをたらした子供にするものではありませんね」  鋭い視線をヒナゼの口元に投げ、ミンリはくすりと笑みを浮かべた。ヒナゼは慌てて、口を擦る。  何も手についていない。ヒナゼは軽く眉を寄せた。  また、誤魔化された。自分の初恋がなかなか動きを見せないのは、どうしたものか。  ヒナゼは煮つまりぎみだった。
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