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足を止めて、ヒナゼが振り返る。
「それが…女性なんです」
ヒナゼは軽く目を見開いた。
この国では女性が職を得るようになってまだ日が浅い。ましてや王子の服飾デザイナーが女性など、前代未聞だ。
「ムタフ家からの紹介だったな」
「はい。紹介状を持っておりました」
前の服飾デザイナーはエハ家からの紹介だった。ムタフ家とは派を競う間柄である。前デザイナーの退職は、長く務めた労をねぎらってというのが表向きだ。実際は勢力を増しているエハ家の勢いを削ぐためである。
王子の側から息のかかった者を取り除かれることは、エハ家にとって見逃すことのできない動きだろう。ムタフ家にとっては好機の筈だが、どうしたことか。
素早く考えを巡らせて、ヒナゼは浅く頷く。顔を上げ、歩き出す。
「とにかく会おう」
真っ直ぐに進むヒナゼの背を守るように、ミンリはつき従った。長い廊下を歩き、謁見室の扉をミンリが開く。
女が跪いている。聞いてはいたがヒナゼは驚いた。その内心を隠して、向かいあう椅子に座った。ミンリから身上書を受け取り、軽く目を通す。
「顔を上げよ」
ミンリの言葉に、女が顔を上げる。まだ若い。女としての様式が揃ったという年齢だろう。艶やかな黒髪を編み込んでまとめている。強い眼差しが真っ向からこちらを見る。
面白い。
ヒナゼは心中にやりと笑った。
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