第3章:安部川

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 夏が過ぎて秋の気配が深まった。隊員は二手に別れて二ヶ月の実習に向うのである。茂達の行く先は静岡県の阿部川上流のとある村だった。村のお寺に民宿し阿部川に洪水用堤防をブルドーザーやスクレパーを使って造成するのである。  阿部川の広い河原を排土板をつけたタイヤドーザーで疾駆するとき、若き茂の血が騒いだ。エンジンの唸りを上げ象のような巨体を自由に操縦する醍醐味は日本人が失った闘争本能を掻き立て、何故か懐かしい爽快感が茂の体を包んだ。 『ウオ―、ウオ―、』まるで象に乗って戦場を疾駆するように雄叫びを上げながら、なだらかな河原の砂利を蹴散らして、流れに削られた洲に乗り上げ、たちまち頭を振り下ろすように川のなかの深みにはまり、キラキラと早秋の日を浴びながら太いタイヤの脚を回転させ浅瀬を駆け登る。平坦な浅瀬は五速に入れて象の背に揺られる様に長躯した。  カタカタとキャタピラの音を立て小松のD―12型ブルドーザーは、巨大な船形のスクレパーを引いて行く。堆積した砂利の山に登り、ギアを一速に落し、エンジンを全開し、ウインチでスクレパーの底を開け、巨大な胃袋のなかに腹一杯に砂利を掬い上げ腹を揺すり上げながら掬いこむのである。エンジンが咆哮し断末魔の唸り声を上げる。エンスト寸前迄負荷をかけ続け、停止寸前でウインチを巻き上げ砂利の山から駆け下りる。  時折無理をして、エンジンが逆回転してしまう事があった。つまり排気管からエアを取り込み、エアクリーナーから真っ黒な煙を噴出すのである。茂は慌ててエンジンを止める。  スクレパーの効率的な行動範囲は一周八百メートルから一キロの距離である。砂利の採取現場から築堤の現場までが丁度その位の距離だった。  築堤の上に登り腹から土砂を吐出しながら均し、五速に入れ替えて河原を突っ走る。要するに咆哮する戦場と軽快なドライブを楽しむ戦士のようなものである。  朝の十時から昼食を挟んで夕方の五時まで作業は続く。空はあくまでも高く、水は清く流れ、紅葉を始めた山々を眺めながら、昼食の握り飯を頬張るのは楽しかった。  民宿している寺の本堂に訓練生四人と教官の技官達技術者が十人ほど泊りこんで四ヶ月間の訓練が続いた。
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