第3章:安部川

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 楽しみは麻里からの手紙だった。夜食事も終わり、風呂にも入った訓練生は日報を書き終え自由になる。麻里の手紙は、勿論本名ではなく別の苗字と名前が書いてある。封筒を掴んで茂は一人御堂に篭もる。  別棟の御堂は畳み六畳ほどの大きさで、奥は仏壇になっており、その前に布団を敷いて、手紙を読む。懐かしい大人の女の香りを嗅ぎ、懐かしい気持ちに浸った。  麻理の愛嬌のある黒い眼、白い頬に紅い唇、黒いスエードのハイヒールと白い引き締まった足首、それらが断片的に茂の目の前に浮んで来る《欲しい、もう一度彼女を抱きたい。今度はもっとゆっくりと、全てを眺めてキスをして……》  綺麗な楷書で書かれた洗練された文章、そして最後には紅のついたキスマークが押されていた。茂は匂いを嗅ぐように自分の唇をそれに近づけ優しく触れた。 《逢いたい……》麻里の優しい笑顔が揺れる……《キスして……》麻里の声が耳もとで耳朶を擽る。温かい麻里の中に包まれて、二人で果てたあの時の思い出が、何時までも脳髄に纏わりついて離れない。  たった一度の禁断の果実、茂の若さの故か、麻里の周到な配慮の所為か、茂は残念に思う事がある。明りを消した部屋の中で急に火が点いたような愛の交換に、ゆっくりとした愛撫も視線の楽しみも皆素通りして、烈しい情熱のままに肉体の結合という味気ないメーク・ラブに終わった事が、今から思うと残念に思われて仕方がない。  茂は麻里の乳房も、美しい肢体も、秘密の泉も目で慈しんでいなかった。まるで驢馬が目隠しされて、いきなりオアシスの水辺で力づくで水を飲まされたような心残りな逢瀬だった。遠い記憶を辿るうちに、昼間の疲れと麻里を偲んで下着を濡らした疲労感が眠りを誘った。
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