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昭和三四年、十九歳の茂は新しい人生の目標を発見した。建設省が募集している建設大学の海外開発青年隊に応募するという新しい挑戦である。
応募条件は非常に厳しいもので、各県一名選抜試験を通過したものが各地方建設省で技術訓練を受け、語学教育、更に現地ブラジルに設置された訓練所で一年の訓練を経て、現地の会社や工場叉は海外プロジェクトに参加して行くという。
当時の閉鎖的な日本から飛び出したいと願う茂にとっては願ってもないチャンスだった。
茂は早速資料を取り寄せ応募した。県庁所在地の岐阜市で県下から集まった十数人の志望者と共に筆記試験を受け、茂は県に与えられた候補者一名の枠に合格した。
入隊は来年の春で、再来年の春にはブラジルに雄飛して行くことになっていた。
茂は母に相談もなく、青年隊に応募した事を苦に思っていたが、心中から突上げる衝動には勝てなかった。自分に正直に生きることがこの世に生命を与えてくれた父や母への恩返しだと思ってもいた。子供の頃から母は口癖の様にこう言っていた。
「貴方は将来外国で暮らす運命なのかもしれないわ、それが貴方の力を最大限引き出す方法かも知れないわね……でも何処に居てもこれだけは忘れないでね」
母は遠くを見るような目をして、何故か柔和な笑みを浮かべ
「貴方が生まれてきた理由、ここに居る理由、全て訳があるのです。貴方には貴方に委ねられた使命があるのです……貴方には今は判らないけど……」母の心中では長男の茂に対する期待感があったに違いないと思うが、母はあっさりと茂の青年隊入隊を承諾してくれた。多分それは自分の子供の性格を知り尽くした母の諦めであったのかもしれない。
翌年の三月茂は予定通り、名古屋市東区にある建設省中部地方建設局の管轄になる訓練所に入隊した。同期の隊員は八名だった。静岡、山梨、岐阜、長野、愛知などから選抜された技術者志望の若き獅子達である。年齢も十九歳から二九歳までの経験も技術程度も様々な青年達であった。隊員宿舎は八畳間に二人づつ、モータープールの研修施設をそのまま利用したもので、青年隊の事務所は新しくプレハブの建物がそれに当てられていた。
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