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『そうやって物欲しそうな顔だけしてても』  指に見惚れているうちに、前のめりになっていた顎を乱暴に掴みあげられる。 冷えた指は心地よく、苛立ちを隠さない視線はアルコールよりもよほど私の求めていたものだ。辰巳の虹彩は不思議な色をしている。深い藍にも見える瞳を、ひたと覗きかえす。 『何も手に入らんぞ』  わかりきった台詞に、思わず苦笑する。顎にかかる辰巳の指を絡めとると、彼の膝に乗りあがった。そのままくるりと姿勢を返し、彼を背凭れに座り込む。 (知ってるよ)  繋いだ手の甲に口づける。 (このままでいいなんて、思ってない)  ライムの味がする人差し指を舐め、関節に歯を立てる。 (着地点を探してるんだ)  空いた自分の椅子を見つめる。  なんて、惨めな私。  辰巳の目から見た私は、本当につまらない女だ。辰巳には力がある。肉体的にも精神的にも、この世界を渡っていけるだけの力がある。 (でも)  私にだって、あるはずだ。  仕事もある。能力だってある。そこそこ魅力的な容姿もある。  狭い椅子に座って夫の帰りを待つ以外、出来ることがあるはずだ。 「ふざけるなよ……」  昏い部屋に、私の声が落ちる。  そんなところに、座り込んでいるだなんて許さない。可哀想な自分でいるだなんて許さない。 「そんなみっともない私でいるのなんて、許さない」 『よく言った』  頭上から、笑みを含んだ辰巳の声が降ってくる。空いた手で髪を撫でられ、こちらにも笑みが移る。 『あとは、どうすればいいかわかるな』  耳もとで囁く声に、強く頷く。久しぶりに感じる昂揚感は、アルコールのせいだけじゃない。 「ありがとう、辰巳」  振り仰いで、キスを交わす。椅子を蹴って立ち上がると、部屋を後にする。  やるべきことは、たくさんありそうだった。
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