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 お気に入りのサインペンを手に、空白の多いカレンダーと向き合う。  リビングの目立つところに貼られたそれは、書き込みやすくシンプルなデザインだ。 「なかなか会えないから、もう一緒に暮らそうよ」  4年前、そう言いだしたのは夫で、ほどなく同棲が始まった。  帰る場所を同じにしても、お互い夜勤・当直がある環境だ。ゆっくり顔を合わせる時間をとることは難しい。こまめに予定を合わせることで、私たちは何とかその状況を乗り越えてきた。夫は緑、私は紫でそれぞれの予定を書き込んだ。それは、一緒に過ごす時間を作るための作業だった。  けれど、徐々にカレンダーから緑の文字は減っていった。その代わりとばかりに、夫は当直表を隣に貼りつけた。忙しいのだろうと、私が折れてそれを書き写すことが続いた。そのうち、夫は当直表すら出さなくなった。 「その週は学会。その次の週は土曜が勉強会」  朝のわずかな時間で伝達される予定を、カレンダーに書き込む。 先生、口頭指示ばっかりじゃミスが起こります。ちゃんとご自身で記載してください。冗談めかしてそう言ったこともあったが、夫の行動は是正されなかった。それはそうだ。そんな指示を受ける私も悪い。 結果、私が彼の予定に合わせるようになった。彼が留守の時に用事を済ませ、帰ってこられそうな日には家にいるようにした。そうしたところで、夫が言い忘れた勉強会や飲み会で遅くなることも多かった。夕食が無駄になったことも一度や二度ではない。冷えて固まった肉や魚をディスポーザーに流しながら、この虚ろな悲しみは何処からくるのだろうと考えていた。  患者の急変で予定が狂うことは、まったく苦にならない。それは不可抗力だから。これはただ、私が大事にされていないから起こったことだ。夫からじゃない。私が、私を大事に出来ていない。  だからもう、待つことはやめた。  紫のペンを走らせる。心のどこかが快哉を叫んでいた。
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