君の死体の片付けなんて

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 ある日、恋に落ちた。  村外れに住むおじいさんが知らせてくれなければ、私は今も気づけていなかったかもしれない。 「おおい、大丈夫か」  突然、頭上から声がした。何かあったのかと思って顔を上げる。そして驚いた。  空が遠い。両手の中指と親指で丸を作ったくらいの小さな空が、頭上の遙か遠くにあった。そしてそこに、人影らしき小さな影が。 「返事しろぉ」  また声が降ってきた。小さな影の主が、私に声をかけているのだと気づいた。でも、ここは一体どこだろう。まるで深い深い落とし穴にでも落ちてしまったみたいではないか。私は地面に座り込んでいて、周りは暗く、頭上には小さな空が見える。ふらふら歩いていて落ちたのだろうか。どこも怪我らしい傷は見当たらないけれど。でも、そういえば、前後の記憶がない。ある記憶といえば…… 「生きてるかぁ」  また声だ。心配されているようだから、応えなければ。 「生きていまぁす」  私は声を張り上げた。声は周りの壁に反響しながらも上へ上へと昇っていったようだ。  声の主は、自分が村外れに住む何とかという名前だと名乗った。私はかすかに知っていた。無口なおじいさんだった気がする。そしておじいさんは、こう訊いてきた。 「お前さんは一人か」  何を言っているのだろう。誰かと落とし穴に落ちる、なんてことがあるわけないじゃないか。  一人だと答えると、おじいさんは、ちょっと黙った。それから、 「そうか、じゃあ、ほどほどで、出てきなさい」  と、言った。これまでと違って、穏やかな口調だった。でも、私には意味がわからなかった。 「どういうことですか」  叫んでみたら、答えはすぐに返ってきた。 「お前さんが落ちたのは、恋だからだ」  ああ、そうか。私は恋に、落ちていたのか。
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