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たった一度だけ、劉が呟いたのは須藤さんの名前だ。もちろん一方的に知ってるだけって可能性の方が高いけど、何せ本人が目の前にいるのだ。けれど…。
「すまないが、俺に心当たりはない」
「そう…ですか…」
やっぱり返ってきたのは俺の期待した言葉じゃなくて。どんよりと気分が沈み込んだ。でも、その後、須藤さんは何だか楽しそうに口許を歪めてこう言ったんだ。
「が、同じ穴の狢ならば、一人知っている」
「え?」
がっくりと項垂れた顔を、俺はバッと勢いよく上げた。”同じ穴の狢”っていうのが何を指すのかは分からなかったけれど、勢い余って須藤さんの肩を掴もうとした俺は、あっさりハヤトさんの腕に止められる。
俺と須藤さんの間に立ちはだかったハヤトさんの表情は見た事もないほど冷たくて、たじろいだ俺は僅かにさがった。
―――そう言えばハヤトさんって、須藤さんの恋人なんだっけ…。
この店の店長がこっそり俺に教えてくれた。内勤者はみんな知ってるみたいで、須藤さんが店に来た時はキャスト…いわゆるホストの人たちが入れない場所にもハヤトさんだけは入ってくる。
「ご、ごめんなさい…」
「不用意に甲斐に近付かないでください」
「はい…」
怒られてしゅんと項垂れる俺の目の前で、須藤さんがくるりと踵を返す。慌てて声をかけようとしたけれど、その前に須藤さんの声が俺の耳に流れ込んだ。
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