現在 Ⅹ

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腕の中にいる葵が、動く。 「…秋?秋!?」 右半身と頭が割れるように痛い。 目を開けると葵が涙をためて、俺を見ていた。 「ケガないか?」 俺が問い掛けると葵は何度も頷いて、ポロポロ涙を流す。 左手で、葵の右頬を触る。 無事で良かった…。 葵は鞄からタオルを出して、俺の額に当てる。 生温い液体が目に入って視界をボヤけさせる。 血だ。 多分額が切れてる。 「秋さん!」 前川さんの声。 階段の上に目をやると、前川さんが慌てて降りてくる先に京香が青い顔をして階段の前に座り込んでいた。 「今、川邊さん呼びましたから!きゅ、救急車を―」 前川さんは動揺しながら俺と葵に傘を差す。 「秋…ごめんね…秋…」 タオルで止血する葵の手は震えていて、俺はその手に俺の左手を乗せた。 「大丈夫だから。意識もある。切っただけだ。救急車もいらない」 俺はハッキリとそう言って、右半身の痛みを我慢しながら起き上がる。 起き上がると、貧血のような症状を感じた。 「でも、血がいっぱい…」 「大丈夫だから」 左手で葵を抱き締める。 葵を落ち着かせて、その先に居る京香を見た。 俺は前川さんに葵を頼み、立ち上がる。 右足を引きずりながら、手摺りを頼りに階段を上る。 逃げもせず、ただ、京香は興奮したように息を上げていた。 手こずりながら階段を上っていると、右側の腰に手を回して誰かが助けてくれる。 葵だ。 葵は何も言わずに俺の介助をして、階段の上まで上げてくれた。
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