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俺は階段の正面を向いたまま、息を上げる京香の左真横に座る。
彼女の左手を取って、袖をまくる。
腕には無数の注射の痕があった。
「いつからだ?」
俺の問い掛けに、応えない。
「いつから薬に手を出した!?」
「…寂しくて」
京香は涙を流す。
「秋と別れたのは、事務所の為だった。傾いていた事務所を救う為に…どうしてもって社長に頼まれたの」
「…」
「事務所が潰れたら、私もどうなるかわからない。でも、秋のことは本当に大好きだったの」
京香は俺の方を向く。
「秋はどうなのかわからなくて…賭けたの」
「賭け?」
「貴方が私とずっと一緒にいてくれるかわからなかった。だから、思い切って別れを切り出した」
"別れましょう"
あれは…
"貴方に夢があるように、私にもある"
本心じゃなかったのか?
"紅京香は日本の芸能界に必要でしょ?"
"今まで楽しかった、秋"
全部、俺の反応を見るため?
「貴方は…すんなり受け入れた」
「…京香」
「絶望だった…貴方の私への価値はそんなものなんだって。だから、だから、仕事に打ち込んだ!絶対に芸能界で生き抜くって!」
京香は俺の目をジッと見る。
「でもね…険しすぎた。同じモデル仲間は結婚して子供を産んでそれをステータスにする。私はトップに立っていたのに…いつしか彼女達の方が上に立っていた。女優業も上手くいかない。行き詰まった時に出会った人にさえ捨てられた…」
「それで薬を?」
「立ち上げたブランドも苦しくて…モデルの仕事も減って…ちょっと疲れて」
「だからって―」
「誰も助けてくれない。そう思ってた時に、貴方の婚約発表を聞いた」
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