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「疑うのは分かりますけど、あまり露骨に嫌な顔しないでください。傷つきますから」
苦笑しながら言う染谷に説得力が無い、とぼやきながら私はあんたも音楽やってたんでしょう、と切り替えした。染谷はぴたりと笑みを顔に貼り付けて、どうして分かったんですか、と不思議そうな顔をした。
「指先、ぼろぼろになってる。ギターかベースか、もしバンドだったらそこらへんでそこそこの腕前だったでしょう」
「すげぇ。……腕前はどうか分かりませんが、ほぼ正解です。インディーズのギターやってます。知りません? 駅前のポランってライブハウスでやってんですよ」
そこは以前、私が歌をやってたときに活動していたライブハウスだ。それで、私の存在を知っているのだと染谷は続けた。
「あそこにとって和泉さん、伝説の人だから」
冗談なのだろうが、冗談に聞こえない真摯な声で熱っぽく染谷がだからもう歌わないのはもったいないと思うんです、なんてずけずけというもんだから私はいらいらした。
「何。用事って私になの?」
「あ、いや、そうじゃない、ような……」
明らかに染谷は動揺していた。視線がかみ合わなくなり、指先は何かを描くように小刻みに不規則な動きをしている。
「なによ」
言いたいことがあったら言えばいいじゃない。男らしくない。私の言葉に染谷は引き攣った笑いを浮かべた。
「慶介に用事って、口実だったわけ?」
「──そうかもしれません。でも、俺はあなたの歌がきっかけで音楽始めたから」
「やめてよ。……歌は、もうやめたの。私には必要ないから」
「本当に?」
「……あんた、何。スタジオのマスターにでも頼まれたわけ?」
「違います。……じゃあ、言いますけど。えっと、俺、あなたが好きです」
「────は」
今度は私が戸惑う番だった。
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