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「あの人、寂しい人だから、」
寂しいのが死ぬほど嫌いな人だから、だから私がいなくてはだめなんだと流されそうな自分を必死になだめた。
「寂しいのは和泉さん、あなたなんじゃないですか」
じっと、染谷の黒い瞳が私を責める。染谷の手が、そっと私の頬をなでた。
寂しい?
額。瞼。頬。そして、顎。
首筋をたどる染谷の唇の感触。乾いているのに、熱く、しっとりと肌に張り付く。ぞわぞわと頭の芯が痺れていく。
寂しい。
たとえば、抱きしめる体が突然なくなったら取り残された子供みたいに私は泣き出すだろう。
すがりつく確実なものを欲して、それが歌だったり、慶介だったりしただけだ。そして、今の私には歌も慶介も無い。あるのは染谷だけ。
ならば。
すがりつくぐらいいいじゃないか、と開き直るもう一人の私がゆっくりと首をもたげる。
子供のころは自分と同じ大きさのくまのぬいぐるみが無ければ安心して眠ることも出来なかった私。
親の不仲、兄弟との決別、満たされない飢える心をもてあましてばかりだった私。
一人は嫌。
歌っているときは音楽が隣にあって、音楽が満ちた場所には自然と人が集まってきた。だから、歌にすがった。独りではないと、信じたくて。慶介は私と一緒にいることを許してくれていたし、年に何度か取り残される不安を我慢すれば歌を捨てても慶介の隣にいることは私にとって一番満たされたことだった。
でも、いつからだろう。慶介が見えなくなったのは。彼を感じることが出来なくなったのは。ただひたすら一人で孤独を抱えたまま大きなこの家で待つようになったのは。
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