6月xx日 雨

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 染谷が来たとき、一瞬だけど慶介の気配がしたように感じた。  慶介と同じ匂い。  慶介と同じ体温。  慶介と。  けいすけ。  け、い、す、け。 「俺に抱かれながらあいつの名前を呼ぶのはやめてください」  堰が切れたように染谷が声を荒げた。いつのまにか想いが口をついていたようだった。頬に、ぬるい水がこぼれた。染谷の涙。 「なんで、あんたが泣くの」  口の端に流れ込んだ涙を舌先で舐めて、しょっぱいと同時に苦い、と顔をしかめる。 「だってあなたがあまりにも……」  唇が動いた。 (いとしそうにあいつのなまえをいうから)  子供っぽい泣き方をする人だ。  嫌いじゃないな。ぼんやりとそんなことを思う。  自分より弱いものをあやすみたいに、私は指先で染谷の頬を撫でた。じんわりと乾いた他人の皮膚が指先の腹に馴染んでくる。私の指先がほんのりと染谷の体温に染まっていく。  心地いい。  体の境目なんかなくなって、とろりとバターみたいにとろけていけばいい。  それはどんなに気持ちいいんだろう。 「なんで、あいつが帰ってくるって信じてられんですか」  鼻をすすりながら、染谷が訊いた。その言葉の意味が分からなかった。  それはなんか、なんか、こう、すごく、真実めいていて。  かみ締めればかみ締めるほど、重たく胸の奥に沈みこんでいくようで。 「慶介は帰ってくるよ」  上の空で答える。唇がわなないた。  帰ってくる。帰ってくる。帰ってくる。帰ってくる。だってここが慶介の居場所だし帰る場所だから。そうじゃなかったら、私は。 「帰ってくるよへんなこと言わないでよ」  冷たい汗が、じわりと背筋を伝っていく。つるりとした言葉。つるり。つるりと、捕まえられない、意味を成さない言葉。私の手の中でいたずらに遊んでばかりいる言葉。  か。え。っ。て。く。る。  黒い、ただ、黒い、瞳がじっと私のなかの偽りを引き出そうとしているようで。  怖いと思った。 「和泉さん……あなた、このなかにいったいなにを隠してるんですか──」  私の胸に触れる、大きな手のひら。  胸のふくらみではなく、鎖骨の下の奥、やわらかいところにぐっと踏み込んでいく強さ。 (コノナカニ、) (イッタイナニヲ) (カクシテ────) 「何も」  じんわり、沁みこんでいく、優しい熱。 「何も、」  ふるえ。  世界が、ぐらぐら揺らぎそうになる。
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