6月xx日 雨

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 なにもかも、根こそぎ。もっていかれてしまう。もっていかれる。  ごめん、待って。まだわからないの。  まだ、さよならもしていないでしょう。  さよならを。させて。おねがい。 「何も!」  ぐ、と掴まれた。手首。軋む。骨に、指が食い込む。  染谷の顔。  染谷の、眼。  慶介に似ていた。  何でそう思うんだろう。どうして、どこかで会ったような気がするんだろう。 「慶介は……、兄さんはもういないんだよ」  何を。言って。いるの。  白いペンキをぶちまけられたように、目の前が真っ白になる。 「思い出して。和泉さん。俺のこと本当にわかんない?」 「……え、」 「俺、慶介の弟の慶太。親が離婚したせいで苗字は違うけど、兄さんの葬儀で会ったでしょう。ま、あの時は俺もこんな色の頭じゃなかったからアレだけど」  言われてみれば。確かに私は、染谷と会ったことが、ある。どうして忘れていたのだろう。目許も、声も、匂いも。似てるのに。  体からふ……、と力が抜ける。 「──慶介の、葬儀……?」  そうぎ?  床に座り込んだ私を尻目に、染谷は立ち上がってつかつかとあの壁のカレンダーの前に歩いていく。 「今日は、六月の第三週日曜なんかじゃありません」  べりべりと、小気味よい音を立てて染谷はカレンダーを剥がした。それは、私が必死で隠そうとしていた真実のヴェールをも剥いでいく。 「もう、八月ですよ。あいにく今日は台風で、あの日と同じ雨ですけど。和泉さん……やっと、兄さんの四十九日が明けました」  ……ああ。あれからもうそんなに時がたってしまったのか。  慶介が死んでから。  私が取り残されてから??。  私は俯いた。それを思い出しても薄情なことにこれっぽっちも涙が出なかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加