一つの言葉が言えなくて

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「新庄、マキナ……って、あの、漫画の?」  しばらくぶりに聞いた、その子の名前に、私の耳はどきりとする。  ――新庄マキナ。その子は、実在の人物じゃなくて、漫画の登場人物。  中学生の頃に憧れた、私の好きな女性キャラクターだ。  クールなのに優しくて、どんな苦境でも負けずに解決していく、カッコいい人。でも、女性らしい優しさもあって、大人としての理想みたいな人だった。 (ああいう大人になれたらな、って、憧れてた)  ……現実の自分を知って、早々とそれは諦めたけれど。  でも、ずっと胸に残っている、想い出のキャラクターでもあった。たぶん、今の自作に影響があるくらいには、しっかりと。 (でも、そのキャラに、彼女がなりたかった?)  雅へは確かに、熱っぽく語ったことはあったけれど。  そんな私に雅は、その驚くべき理由を語ってくれた。 「――漫画のキャラみたいに、輝けば。ふりむいてくれるかもなんて、想ったりもしたんだよ」 「……ちょ、ちょっと待って? わ、私に、ふりむいてほしい?」 「そうだよ! ……そう。あの人みたいになれば、私の気持ちにも、気づいてくれると想ったのに」 「だって、そんなことって」 「だから、私無理して。勉強も仕事も人付き合いも、ぜんぶ、目標になれるようにって頑張って。洋子の好きな、漫画のキャラみたいになれば、ちゃんと見てくれるかと想って」  訴えかけてくる雅の声は、眼は、表情は。  ――魅力的で、ふるえてて、切なそうで。心の奥まで、魅入ってしまう顔をしていた。  自分で描いた、恋をしているキャラよりも、ずっと、ずっと。 「でも、ずるいよ。二次元のキャラって、すいすいすり抜けていく。嫉妬なんかじゃなくて、恨みすらするよ」  ……だからこそ、気づかないようにしていた自分が、とても愚かに感じられてしまって。 「友達だって、想おうとしてた」  罪悪感から逃げたいからか、そんな、最低のことをまた言ってしまう。
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