一つの言葉が言えなくて

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「……怖かった。拒絶されるのが」 「私も、そうだよ。ずっと、一緒に、いたかったから」  だめだ。顔を見て話すのが、じっと離れて立っているのが、耐えられない。  二人とも、それが自然だっていう風に、お互いの身体を抱き寄せあう。 (……雅と抱き合ったこと、そういえば、なかったんだな)  それをしてしまえば、あのキスの続きを、求めてしまいそうだったから。  愛しい親友としての関係が、熱の温もりから、変わってしまうのが怖かったから。 (でも、もう、戻れない)  ――雅も私も、変わることを、選んだんだから。 「でも、これからはちゃんと向き合うよ。雅のことも、自分のことも」  酒の火照りだけでない、とろけるような吐息で、雅は私にほほえみかける。 「――性別も次元も、関係ない。お互いの嫉妬を、もう、溶かしちゃおうか」 「……いいセリフだね。次回作に、使っちゃおうかな」  彼女に頬を寄せながら、私は、そんな照れ隠しを言ってしまう。 「まったく、また漫画のことばかり」  不満げな雅に申し訳なく想って、謝ろうとするけれど。 「ねえ、明日の予定は?」  答える前の問いかけに、心臓が跳ね上がる。 「……朝まで飲んでも大丈夫なように、してあるけど」 「私はオフ」  ぎゅっと、雅の両手に、力がこもる。 「――十年分の距離、つめよう。いいよね?」  耳元で囁かれる雅の声は、生活も漫画もどうでもいいって想えるほど、抗えない力に満ちていた。 「……うん。ずっと、一緒にいよう」 「私もよ、洋子」  そうして私達は、ゆっくりと、星空の下で顔を寄せ合い。  ――止まったあの日の続きを、ちゃんと、始めることにしたんだ。
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