うまい話

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うまい話

「他言無用ですよ」  男は辺りをはばかるように声をひそめた。 「正真正銘、絶対に儲かる話なんです」  ばかばかしい。Y氏は大股で歩きながら舌打ちした。この世の中にうまい話なんてあるはずがないのは小学生でも知っている。下手な詐欺師でももう少しましな嘘をつく。それをこの男、こんなにもあからさまに誘ってくるとはよほどの間抜けなのか、それとも……。  男は歩幅を合わせて並ぶと、Y氏の横顔に話しかける。 「条件はたった一つです。いいですか。一切詮索をしないこと、それだけです」  いいも何もまだ受けるとも言っていないのに、勝手に話を進める男の声には何か逆らいがたいものを感じた。  仕事帰りの薄暗がりで話しかけてきたのは、きちんとした身なりのセールスマン風の男だった。無視して通り過ぎようとしたY氏に執拗についてきて、一人で喋り続ける。何の目的か分からないが、怪しげなことには関わらないに限る。Y氏は小走りにその場を離れた。肩を揺らして急ぐうしろ姿を気の毒そうに見つめている男を後にして。  築二十年のワンルームに帰ると、Y氏は汗のにじんだ背広を脱いだ。すると内ポケットに分厚い封筒が入っている。手にとってみるとずしりとした重みが指にかかった。眉を寄せながら裏返してみたり電灯に透かしてみたりしたが、封筒には切手も貼っていなければ宛名も差出人も書かれていない。フウとため息を一つつき、封筒の端を一気に破るとY氏はたまげた。
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