前編

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 昌平は目の前で照れたように笑う渡来を見詰めながら、なんと“恋”ということばの似合う青年であろうか、と考えていた。自分が語れば妙に陳腐で可笑しくなってしまう恋愛話が、この渡来の砂糖菓子のような唇から零れた瞬間、まるで花の芳香さえ漂うような、甘痒いものに思えるのだから不思議だ。雲泥万里の相違とはよく言ったものである。  哀しい事実にしょぼくれている間にも、それでは恋文を書いてはどうか、文と言うものは人を素直にさせるのだと渡来は言うのだが、もうすでに恋文の交換はしているとは言い辛い。ならば早く会え、と言われて終わりだ。しかし、茅鳥の方から声をかけてくれと言われているにも関わらず、恥ずかしくてうだうだと悩んでいるのだと相談する事も出来ず、当初の高揚はどこへ消え萎んだのやら、昌平はがっくりと肩を落としてしまったのだった。   
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