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細い髪が潮風になびいて、どこか頼りなく映る。昌平は慌てて岩陰に身を隠し、おそるおそる彼の様子を窺った。茅鳥青年は片手で暴れる髪を押さえつけながら茶色の草臥れたローファーで砂を踏みしめ、辺りをきょろきょろと見回した。探しているのだ、恐らくは、砂浜に自分宛の文を残す人物を――――。
昌平は胸の奥底から湧き上がる甘酸っぱい衝動を必死にかみ殺していた。いますぐこの岩陰を飛び出し、茅鳥青年に思いの丈をぶつけてしまいたい。あの髪を撫でてみたい、とろけるはちみつ色の目を真正面から見詰めたい。
小さくああ、と喘ぐ。まるで水中にいる時のようにうまく息ができず、地上にいるというのに溺死しそうな自分に気が付いた。今朝釣り上げた魚たちも、このような気持ちだったのか。息苦しさに耐えかね、そろりと身を起こした瞬間、ふと穴の開いた長靴が視界に入った。首から下げた汚れた手ぬぐいが見えた。父からのお下がりの、少しサイズの小さい、色あせてほつれたジャンパーが見えた。
唇を噛みしめ、ゆるく頭を振る。これじゃあとても、彼には会えない。
泣きたくなるような惨めさを抱きながらもう一度彼の方を見やれば、もはやその姿はどこにも無かった。
乾いたため息を吐く。今日も眠れぬ夜がやって来る。
『きっと私はあなたの事を知っています。
いつもあなたの船を見守っています。
今日の夜九時、ここへ来て下さい。待っています。 茅鳥』
翌朝にこの文章を見付けた時の昌平の様子たるや、まるで道化師のようであった。
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