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硬直と弛緩を繰り返し、交互に訪れる高揚と不安を持てあまし、久しぶりに涙をこぼした。
茅鳥青年に存在を知られていた! この事実がどれほど昌平を悩ましくさせた事だろう。漁に出る姿をひそやかに見とめ、茅鳥青年があの細い指を組んで昌平の無事を祈っていた!
なんという事だろう、なんという事だろう。
昌平は何度も砂地の文章をかすむ目で追い、震える指でそっと文章を撫でた。初めて、愛しい人からの文を自らの手で消すという行為が惜しいと感じた。
* * *
夕餉の餅が上手く喉を通らない。何度も汁をこぼし、醤油を溢れさせ母親にどやされた。どてらなどいらないほどに発熱している。時計を確認する瞳が潤む。
昌平は迷っていた。行くべきか、行かざるべきか。行けば己の決して良くはない容姿が茅鳥青年に知られてしまう。言葉を交わさねばならない。上手く喋られるだろうか。茅鳥青年に呆れられはしないだろうか。そして行かなければ信用を失ってしまう。寒空の中、茅鳥を待たせてしまう。きっと華奢な彼の事だ。風邪をひいてしまう。そんな目には合わせたくない。
こっこっ、と秒針が進む。木で出来た鳩が八回鳴いた。時計にまで責められているようだ。
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