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底冷えのする、張り詰めた独特の空気を裂いて、あれは何という名前の鳥だろうか、恐らくは冬鳥の一種であろう小鳥が高い空を潜って行く。そのまま厚ぼったい白雲に突っ込んでしまうのではないか、というほどに高く高く急上昇し、やがて力尽きたように真っ逆さまに落ちては水面ぎりぎりのところでまた、ぐんと舳先を持ち上げて、踊るように滑空する。まるで演舞のようなそれに見惚れていると、岩陰の向こうにいるであろうチドリ青年の方からから控え目な拍手が聞えてきた。昌平もそれにならって同じように何度かてのひら同士を打ち合わせ、今はもう彼方へと消え失せてしまった小さなパフォーマーを称賛した。そっと体を伸ばしてこっそり彼の方を覗くと、チドリ青年は照れたように、はにかみながら歯を見せて笑っていた。幸いこちらに気付く事はなかったようだ。淡い肌色と白い歯の対比に心が躍った。
彼の背後を彩る灰色の空が、彼の薄い色彩をより一層引き立てているようで、妙な陶酔感と、おそろしいほどの非現実感に眩暈を覚えた。これが恋というものか、と昌平は一種の諦めのような気分を噛みしめる。
彼を遠くから眺めているだけで十分だという淡い恋情が、溶岩のように熱い、けれどじわりとしたとろ火にあぶられ、少しずつ、少しずつ勢いを増していくようだ。
俯いた視界の先、白砂の上に棒を引き摺ったような跡があった。しばらくそれを見詰めていたが、やおら昌平はしゃがみ込むと、何かを思いついたように砂の上へ指を滑らせ始めた。
『チドリさん。
あなたに恋をしております。声をかけられないヒキョウな自分の思いをゆるしてください。 S』
震える手でそこまで書き終え、あまりの気恥かしさに足蹴にして消し去りたくなった。頭文字を残したのは、昌平の僅かな欲からである。
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