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 夢のなかでの神前はどこまでも自由だった。行こうと思えばどこへだって行けるし、借金も存在していない。父親は田舎で療養し、病気は恢復へと向かっている。少人数ながら和気藹々とした不動産屋に勤め、神前は美しく穏やかな女性に物件を紹介している。降り注ぐ陽光は柔らかくて、窓辺から桜の枝が揺れているのを微笑ましく眺めて、女性と笑いあう。やがて結婚をし家庭を気付いた神前は、子を持ったことを祝し、なぜか鈴川を家に招待した。夢の世界での鈴川は取り立て屋なんかではなくて、保父の仕事に就いていた。子守が必要な時には任せてくださいと屈託なく笑う鈴川に笑顔を返し――――。  思い切り肩を蹴られた衝撃で、神前は大きく横に倒れ込んだ。衝撃でふやけたラーメンが飛び散り、やかんで出来た火傷をもう一度嬲った。 「呑気にお昼寝か?」 「うぅ……、し、信濃……さん……」  熱湯とはいかないものの、未だ湯気の出るスープが前髪から雫となって垂れ落ちた。泣きたい気持ちをぐっと堪え、上体を起こす。霞む視界の向こうに、信濃の見慣れた顔があった。楽しそうに、煙草をふかしている。小屋で見た顔と同じ、悪魔のような表情。どこまでも嗜虐的で、神前のような虚無に沈む人間をいたぶる事しか考えていないような――――。  手近にあったタオルで顔を拭く。腹は空いていたような気がするのだが、こんな状況だと、食べ物の匂いは吐き気を誘発する。わざと大げさなため息を吐き、胡坐を掻いて座り直した。 「こん、今度は何の用です……」  喉が痛むせいで、細切れにしか言葉を発せられない。信濃は少し訝しげにしていたのだが、原因に思い至り、ああと小さく感嘆した。 「喉を傷めたか。まあ、あれだけガブ飲みして逆噴射したら、そうなるわな」 「……それで、要件は」     
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