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――――汗水垂らして己の葬儀代を稼ぐお前に。           路地の暗がりが果てなく続く中で、古ぼけた飲み屋のぼんやりとした電燈がちかちかと揺れる。投げ捨てられた自転車に、酔っぱらいの吐瀉物、ころんと転がった穴の開いたゴミ袋からはみ出る生ごみと悪臭。  誰かのがなり声、帽子を目深に被って、大胆な露出をした女性と共にホテルへ入る男。濡れ鴉のような紛い物の睫毛を瞬かせる女。性別もよくわからない人間が高いヒールで地面を踏み付けて颯爽と去っていく。雑多で、無関心で、ひたすらに騒々しい。道行く男に『小便をかけてくれたら金をやる』と、片っ端から声をかける青年や、心の底に沈めた欲望にピントを合わせ、的確に誘引する客引き。空はどこまでも昏いのに、目がちかちかするほどに眩しい。治安があまりよくないと噂の繁華街での唯一好ましいのは、きらきらとネオンが明るいところだけだ。  怪しげなレイトショーを上演する、“サテライト”という地下映画館の路地を直進し、三つめの電柱を右折、大通りを道なりに進み一つ目の街灯の傍、そこが神前(かみさき)の仕事場だ。     
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