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他称友人視点
大学院からの友人で、同じ職場の夏川が事故にあったと聞いた。
友人だからと自分に言い訳して、見舞いに行くと、ベッドに座っていた男は夏川であって夏川で無かった。
記憶喪失というのとは少し違うのだろう。
きちんと俺のことを佐伯君と呼んだにも関わらず、夏川は夏川でなくなっていた。
夏川は所謂天才では無くなっていた。
復職した後も、意味不明な電気回路をひたすらはんだ付けしてみたり、訳の分からない物を持ってきてひたすら顕微鏡で見ていたり、明らかに言動がおかしくなった。
天才だから凡人である俺達が分からないということでは無かった。
しばらくして、夏川は研究所をやめることになった。
表向きの理由は病気療養のため。けれど実際は彼の頭がもう天才のそれでなくなったからだということは容易に想像できた。
そして、彼にはもう誰も見向きもしないであろうことも。
彼を手に入れるのは思ったよりも簡単だった。
家族は彼を持て余していたし、それ以外の周りの人間はもはや夏川に興味が無かった。
本当は天才であった夏川が欲しかったのだが仕方がない。
彼に対して劣等感が無かったかといえば嘘になるし、今の状態に優越感を感じて無いと言えばそれも嘘になる。
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