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けれど、そんなことは些末なことだった。
もはや、夏川は俺がいなければ生活もままならないだろうし、俺は夏川との生活を手に入れた。
それがすべてだった。
しかし、それも長くは続かなかった。
夏川は、天才に戻ってしまった。
俺との生活の全てを忘れて、夏川は俺に話かける。
俺は昔の様に友人の皮を被って話を聞くほかない。
見せられた論文は相変わらず素晴らしい出来で、けれどそれを褒める気にも、嘘をつく気にもなれずはぐらかした。
夏川の周りには人がまた集まってきた。
けれど、夏川は今までの様に人付き合いをしなくなっていた。
そして、何故か良く俺のそばにいるのだ。
理由を言われたことは無い。
恐らく、彼が天才に戻ってしばらく、腫れものに触るような扱いを受けたことで信頼関係が壊れたのだろう。
「なあ、今度お前の家に遊びに行ってもいいか?」
そう言われ、ギクリと固まる。
俺の家は夏川と暮らしていた時のままだ。
未練がましく彼のための生活道具を何一つ整理できていないのだ。
「珍しいな……。」
そもそも、友人といっても、二人で研究以外の何かをしたことは碌に無いのだ。
「まあ、たまにはな……。」
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