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「トイレ借りていいか?」
空気を読めない人間ができることなんてそんなことしかない。
量子力学はあんなに簡単なのに、友人と話すことすら難しい。
研究者の中にはコミュニケーション不全としか言いようのない人間もいるが、一応普通のやり取りはできていた筈なのに何故か今の佐伯と話すのが難しい。
トイレを借りて用を足して、そこで佐伯にトイレへ案内されてないことに気が付く。
意味不明な不安感に襲われるが、家の間取りはある程度パターンがあるからと思い直す。
トイレを出て洗面所を見る。
今時珍しい、トイレと洗面所が別になっていて隣り合っている間取りだった。
そこにあるコップに歯ブラシが二本刺さっていた。
見覚えのある歯ブラシにそっと手をのばす。
既製品だ。多分どこかで見たものと同じになるはずだ。
そう判断できるのに、心臓はただひたすら早鐘を打っている。
「どうした。」
中々戻らない俺を心配してなのか、佐伯が様子を見に来くる。
そして、俺のこめかみの横に手を伸ばした。
そこでようやく確信した。
俺はこの手を知っている。
思わず後ずさると、佐伯ははっとしてそれから自分の手をまじまじと見て舌打ちをしてからその手を下ろした。
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