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カウンターバー。りさ子の好きな場所だ。田島にそう伝えると、仕事の話を中断して、樽がね、百あるとするでしょ、そのなかから本当においしいバーボンは1本あればいいほうなんだよ。とたばこの紫煙をくゆらせながら静かに言った。
最終オーダーを聞かれると、二人はその店を後にした。
それから、田島とりさ子の間のメールのやりとりは前にもまして頻繁になっていった。そんなふたりであったが、田島の出張時に新大阪で数回ランチをしたくらいで、夜に会うことはしなかった。もちろん、手さえつないだことはない。
りさ子は田島に抱かれてみたいという想いが日ごとに強まるのを自覚した。一方、田島は田島で、
「りさ子さんを一度でいいからこの手で抱きしめたい。」
というようなメールを酔った勢いで送ってきた。そのたびに、りさ子は胸がいっぱいで、スマホを胸に抱いていつの間にか眠りに落ちていた。
そんなある日のこと。
「仕事がらみの付き合いが終わり、中之島のホテルに戻りました。」と田島からメールが入ったのは、午後9時もまわっていただろうか。ちょうどクリスマス前で、街はきれいなイルミネーションで飾られていた。
りさ子は、なぜか胸騒ぎがしていたたまれない気持ちになり、シャワーを浴び、手早く髪を乾かし、友人に大変な急用ができたから手伝いにいくと家族に告げ、冬の夜の街へと飛び出した。大通りでタクシーをひろい、田島のいる中之島のホテルへと向かった。
心は、はやった。胸は大きく高鳴り、頭ではいかない方がいいとわかっていたが、理性ではもうどうしようもなかった。
一方で、家族にうそをついた罪悪感。
闇のなかを照らしながら流れていくたくさんの車のヘッドライトにまぎれて目的地へと向かった。
ホテルで車を降りるとさりげなくフロントを通り抜け、奥のソファに腰かけた。手は自然に田島の携帯番号をダイヤルしていた。
クリスマスの高級ホテルロビー。大きなクリスマスツリーが美しく飾られ、幸せそうなカップル、ファミリー、初老の夫婦らしき人たちであふれていた。
「もしもし、あれ?下にいるの?」
田島は驚いたようだった。
「すごい行動力だねえ。待っていて。下に降りるから。」
なぜだか声色がいつもと違う気がしたが、きっと接待でお酒の飲みすぎに違いない。
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