春浅い日

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 初老のバーテンは手際よく、てきぱきと作業をこなした。  「どうぞ。中之島の夜というカクテルです。」  カクテルグラスに注がれた液体は下が淡い紫色でそれがグラデーションでだんだんとオレンジに変化していた。一枚板のカウンターのライトに照らされて細かく砕かれた氷はきらきら光り、美しかった。     「とりあえず、乾杯。」  二人はグラスを重ねた。時計は十一時をとっくに過ぎていた。  初老のバーテンは、雑誌に載るほど有名な人らしかった。このホテルでながいこと勤めてきたらしく、小気味よいテンポの会話は心地よかった。きっとこのホテルを定宿とした常連客も多いことだろう。人の領域に入りすぎず、かといってこちらに関心を示さないわけではない。すらりとした手でシェーカーをふる。ダンディーとはきっとこういうことなのだろう。  りさ子がバーテンとの会話を楽しんでいる間、良介は静かに店に流れるジャズに耳を傾け、時に目を閉じた。日常をすべて忘れ、ドレスアップして飲むお酒は格別の味がした。  「ところで、良介さん、あ、こうお呼びしていいんですかね?、ご用件は何でしょうか?」  しばらくの沈黙の後、  「死んだんですよ。」  「えっ、どなたが?」  「祐介です。」  りさ子は驚きのあまりことばを失った。今日がエイプリルフールでだまされているのではないかと思った。     「ほんとうに、佑介さんが亡くなったんですか?」  「はい、そう思ってください。」  「意味がよくわかりませんが、、、」  「佑介からの伝言で、もう彼は死んだと思って欲しいと。」  「もう少し詳しく説明して頂けませんか?」
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