春浅い日

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 そんな日々が半年も続いただろうか。ある日の帰り道ふたりでいつものように自転車を並べて帰っていると、田島の手首に包帯を発見した。  「どうしたの?」  尋ねるりさ子。  「いや、おふくろが留守で夕食の用意をしていて、あ、てんぷらだったんだけどね、やけどしたんだよ。」  「あ、そうなの。お大事にね。」  田島の家は、開業医だ。母親は専業主婦のはずだからおかしいな、とは思ったが、あえてそこは深く追求しなかった。    退屈から始まった恋ではあったが、デートを重ねていくうちに、見かけによらず田島の繊細なところや、ユーモアのある一面もあり、粘り強さもある。交換日記など普通男性は面倒だと思うのだが、田島は1度たりとも忘れたことがない。真面目で誠実な面がある。りさ子を大切に思ってくれているのか、手も出してこない。一緒にいて安心できて心地がいい。りさ子は田島に次第に心を奪われていった。バンドマンとしてステージに立つ彼の姿も全身でギターを回すように弾いていてかっこよかった。田島に確かに男を感じた。  田島は決まって日曜の夕方、電話をかけてきた。二十歳には学生結婚しようといわれていたので、りさ子は田島からの電話が楽しみで、いつも日曜日の夕方は電話をみつめて呼び鈴を心待ちにしていた。  りさ子は勉強しながらFMラジオを流し聴いていたが、ブロンディの『コールミー』は自分の心情にぴったりだと思っていた。  ある日の夕方、電話のベルが鳴った。  「もしもし?」  「あっ、りさ子さん?」  電話は田島からだった。  「今日は、話したいことがあって。」  「えっ、なに?」  受話器の向こうで沈黙が続いた。1分間がとてつもなく長い時間に感じられた。田島が思い切ったように言葉を発した。  「別れたいんだ。」  「えっ、どうして?」  りさ子にとっては青天の霹靂だった。   「私に悪いところがあるなら教えて。なおすから。」  りさ子の目からは大粒の涙が筋をつくり、いくつも流れ落ちた。受話器を握り締めているのが精一杯だった。   「もう、気持ちがなくなったんだ。」  田島はわりとクールに言った。  あれから約二十年。りさ子は子育てや仕事、義父母の遠距離介護に追われていた。
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