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男は幼い時分より、嘘を得手としている。
嘘。
其の言葉から抱く印象は、多くがマイナスの物であろう。やさしい嘘という言葉も存在するが、親は子に、教師は生徒に、嘘はいけないものだと教え、正直であれと説く。
正直者を讃え、嘘吐きを非難する傾向はかの有名な羊飼いを見れば明らかだろう。狼に丸呑みにされるという結末を迎える有名な童話は、少年少女を始めとした読者諸君に訴える。嘘はいけない事である、と。
何百年が経過した今日でも羊飼いの渾名は、嘘吐きの代名詞として語られる程である。
つまりは、其れ程迄に、嘘という物は、世間から疎まれている。
しかし嘘吐きと、其れが得意であるというのは、似ている様で大きく異なっていた。
似ている様で根本が違うという言葉があるが、此の場合根本を同じくしていても枝分かれた先で独自の進化を遂げ、結果別物になったという辺りか。
つまり、元の根本が同じであった為、傍目にこそ似通っているが、蓋を開ければ実際は別物であった、という事である。
例えば、宿題を忘れた生徒が口から出任せに言う、言い訳。
例えば、金の打診をしようと考えあぐねて口にする、言い訳。
そして件の羊飼いが退屈凌ぎに叫んでみせた「狼が出たぞ!」。
其れ等は全て、ただの嘘である。
嘘を得手としているというのは、そうした言葉が次々と淀み無く出て来る事ではない。
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