白い部屋、起床。

4/4
前へ
/11ページ
次へ
 事実男はストーカーではない。勿論女の恋人でもないが。 「ありがとう」  しかし男が己の恋人だと信じ、男の言葉を受け止めた女は幸福に頬を緩めて礼を告げる。目尻に僅か滲んだ雫は、幸福によるものか。はたまた(恋人)が己を見捨てないでくれたという“事実”に対する安堵だろうか。  女の微笑みを受けて男も微笑みを返す。さながら、恋人に微笑まれた相方であるが如く。そしてさながら、恋人にする様にやさしく、愛しげに、そして親しげに女の頭を撫でた。  両者の間にある距離は短く、パーソナルスペースに基づいて考えれば、余程あけすけな人間でもない限り親しい人のみに許す距離。具体例を挙げれば親友や親兄弟など家族。そしてそれこそ恋人。 「ほら、もう寝た方が良いよ?これからはリハビリも始まって体力も使うし、先生が来て沢山お話もするだろうし。今はゆっくり休んでおかないと」 「うん。……あ、あのね!1つお願いがあるんだ」  未だ掠れてはおり、声も大きいとは言い難いが徐々に覇気を取り戻しつつある声を女は紡ぐ。しかしお願い、と口に出すなり躊躇いが生じたか、声は僅かに尻すぼみになっていく。  それでも全て言い切ると男の方を窺うようにちらちらと見つめる。不安半分、甘えてしまいたいという気持ちがもう半分、透けて見えた。  其の女の様子に男は微笑ましそうに笑い、安心させるように女を見つめる。なぁに?とやさしく、やわらかなか口調で先を促す様に言った。  男の言葉に顔を輝かせ、其れでも多少躊躇いながら少女は切り出す。先ずは、手と一音。 「私が寝ても、少しで良いから傍に居てほしいなぁ、って。……手とか、繋いでくれたら嬉しいな」  布団を掴んでいた手は今や所在なさげにもじもじと動かされている。男の反応を覗っている所為か自然上目遣い気味になっており、病院のベッドの上である事を踏まえても微笑ましくさえ思える。  男は笑顔を浮べたまま、女へと自分の手を差し出した。 「勿論良いよ」  女の顔は其れこそ、ぱぁっ、というに相応しい勢いで輝き、掠れたままの声であるにも関わらず聞く者にさも元気良く弾んだ物と勘違いさえさせる程、現状の彼女に出せる最大限明るく元気な声で男へと礼の言葉を告げた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加