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そんな私の歪んだ表情を見て、潤ちゃんの口がゆっくりと動いた。相変わらず、風が通り抜けるだけで声は無い。
けれど、長い付き合いだ。何を言っているのか、聞き取れるようになっていた。掠れた空気が、鼓膜に届く。
「―――――――」
言い終えた潤ちゃんの顔は、少しだけ微笑んでいるように見えた。光を反射した瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
人の答えを待つ間、じっと相手の目を見るその癖は、生前のままだった。
「呆れた、本気なの?」
身吊る木が、もとより濃い陰を、いっそう深くする。
「女性の平均寿命が何歳か、知らないわけじゃないでしょう? 潤ちゃんったら・・・あと六十年近くもそこに居るつもりなの?」
身吊る木の陰が、笑うようにさわさわと揺らぐ。
潤ちゃんの瞳が、陽光を反射して輝くと嬉しそうに笑っているように見えて、私もつい苦笑を漏らした。
視線の先で時折、揺らぐ身吊る木が、きらきらと光を反射してあちこち輝いている。
あの夏を、この今を、私は決して忘れない。
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