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 とは、いえ誤解なさらぬようお願いします。日野里子が才女であることは、否定のしようもございません。話の作り方も文才も相応にありました。  では、この狭山合掌という男は何者であったか。彼の人柄については、云々かんぬんと時幅を割いたところで、どうにもなりません。なので、端的に云ってしまうと、小説家崩れの放埓人というところでしょうか。何かの因果に縁ってなのか、小説家崩れと女流作家がくっついてしまったのです。  I君が書生として雇われた時点で、狭山は既に居たのです。  I君は先にも述べたように、容貌醜く、女性との縁は愚か、同姓でさえ距離を置いていたのです。  彼を一言で表すと厭世人。世捨て人。浮浪者。嗚呼、呼び方は違えぞ、事する意味合いは同義であります。  否、浮浪者というほど、ふらふらとはしていなかったか。しかし、まあ、定職にも就かずに、閉じ篭りの生活を続けていたのだから、ある意味では浮浪しているのかもしれません。  それはともかくとして、I君は本当に懸命に日野里子の世話を焼きました。家の掃除もやり、風呂も炊き、飯も作りました。  一月経ち、二月経ち、三月が経った頃でしょうか、I君の中に不満がまるで床澱のように溜まってきたのです。  彼が書生として雇って欲しかったひとつの理由は、自分も小説を書きたいという、欲求のもとでもありました。日野里子の下で勉強がしたい。是非、玄人の小説家の仕事が見て見たい。そんな気持ちだったのです。  しかし、やることといったら、まるで家政婦。当初は、それでもいいとさえ思っていました。が、I君も人間です。気持ちに変化が生じるのは当たり前です。  そして、もうひとつ、I君を悩ませていた出来事があったのです。それは、ひとつ屋根の下に住む日野里子と狭山合掌の肉体的欲悦の声を聞いてしまうことなのです。  あれ程に昼間は芍薬の花のような、至極可憐なお人が、世も更けた時分に、人間本来の姿になってしまうことです。これをこそが人間の本能なのか。打ち震える肢体は、狭山の上で暴れ、柔らかな白み肌は、彼の愛撫に蹂躙されるのです。唇を塞ぎ、狭山の手は日野里子の形のいい両の胸に覆いかぶさり、空いたもう一方の手は、下の茂みに伸ばされるのです。快楽の中で、日野里子は声を漏らし、身体をくねらせ、恍惚の笑みを浮かべます。  
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