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 そして、間もなく二人は上下に覆いかぶさり、ひとつになるのです。そこに言葉はありません。ただ、息遣いがあるだけです。陰々とした空気の中で、漏斗する日野里子の声は、I君にとっては、この上も無く崇高なものでした。  別段神仏信者でもないI君が、日野里子の喘ぐ声を聞くたびに、そこに神を感じるのです。嗚呼、I君には手の届かない、ただ神の如く崇め奉るだけの存在。  これは憧れと端的に云い表す程、単純な感情でもないのです。I君は、I君なりに複雑内議な感情の揺れをもち、日野里子に対する憧憬は、日増しに増大していくのです。  その日一日の仕事が終わり、I君は床に入る前に、恋文を一筆認めるのです。勿論、日野里子に対してです。 「好きです。愛しています。一生の伴侶として、私のもとにおいでください」  嗚呼、駄目だ。I君は自分の感情さえ、文章で書き表せない程に、恋の病にかかっていたのです。  書いては破り、書いては破り、次々と破棄しました。そうすると、元々小説家などに憧れていた男であるから、妄想それ自体が大きく膨らみ、仕舞いには、日野里子を自分の所有物ではないかと、錯覚してしまうのです。  さあ、本に恐ろしいのは、ここからです。  否、ここまでが前置きだった訳ではありません。例えるなら、ディナアというものがあるでしょう。確か西洋から来たものだと思います。何でもディナアというのは、じれったいことに一品ずつ食事が運ばれてくるというのです。それの前菜といいましたか、最初に運ばれる料理。  今までのは、それと同じです。これからがまさに美味しいところなのであります。美味しくてほっぺたが落ちてしまわないように、ご注意ください。  きっと、貴方が気に入るようなお話になっていると思います。
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