1章

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1章

 地中海に浮かぶ最大の島、イタリア・シチリア島。その東部にある都市カターニア郊外にイタリアンマフィア・スコッツォーリファミリーのドン、ヴィート=スコッツォーリの邸宅はあった。  広大な土地の中央に聳える中世の様式美を残した屋敷は、一般人など決して入ってこられない厳重なセキュリティと高い門塀に囲まれ、かつ二十四時間多くの強面たちが、わずかな異変も見落とさぬよう鋭い目を光らせている。不審者が侵入しようものなら、ものの数秒で蜂の巣だ。  そんな緊張しかない空気の中を、陽だまりのような青年が、温かな春風を連れながら静かに歩いていた。  優しげな眼差しに、柔らかなエメラルド色の瞳。ふんわりとしたミルクティーの髪は、白い肌とティーンエージャーのような幼顔によく似合っていて見る者を穏やかな気持ちにさせる。少々だぶついたパステルイエローのカーディガンもまた、彼の人畜無害な印象をより際立たせた――――が、この屋敷を守るいかつい男たちの中では少々、いや、かなり浮いて見えた。  しかし、そんな悩みなど今に始まったことじゃないと、慣れきった顔のセイ=ファンタネージがヴィートの執務室の前に辿り着いた時。 「おい」  ノックしようと伸ばした手を突然、扉番の男に強く掴まれた。  だが、セイは痺れるような痛みを顔に表すことなく、威圧的な表情を浮かべる男に静かな視線を遣る。 「……何か?」 「今、ドンは大切な商談中だ。場に相応しくない人間が無断で入るな」 「商談ということは『表』の仕事だよね。だったら僕は関係してると思うけど?」
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