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――そのカブトムシには、ヒメという名を付けた。
「コガネムシなんて連れ帰ってきて」
虫がきらいなお母さんは、虫のことはよく知らない。角がないとカブトムシとコガネムシのちがいが分からない。わたしは、ほほをふくらませて「これはカブトムシなのっ」と言い返した。
虫かごをえんがわの日かげになっているところに置いて、2階の自分の部屋に上がる。しいくケースと、おがくずをたなから持ってきた。
えんがわに腰かけて、おがくずをタライの底にしく。きりふきでほどよくしめらせてから、しいくケースにうつす。帰り道でひろった木の枝と、くち木でつくったエサ入れを入れて、虫かごからヒメをそこにうつした。
「ここが新しいおうちだぞっ」
にっこりと笑いかけると、しょっかくをひらひらと動かした。よろこんだのかな。だけど、虫は笑わない。わたしは、虫が笑わないことは知ってた。うちのあかねは、のどをなでるとごろごろと鳴いて、目を細める。けれど、それが笑っているのかはわからない。ヒメも同じ。だから――、わたしは、ヒメが笑っていることにした。
そっとしいくケースの中、くち木で作ったエサ入れに、昆虫ゼリーをはめた。ヒメは落ち葉の上で動かない。
「気づいていないのかな」
きっと、はじめてのゼリーだからこまってるのかな。そう思うことにした。けれど、ゼリーにはにおいがあるから、気が付かないのはおかしいなとも思った。
これ見よがしに、エサ入れにはめたゼリーを外して、ヒメの目の前まで持っていく。
ヒメはゼリーが目の前にあっても、ぷいと顔をそむけてしまう。まるで食べることも、生きることも、こばんでいるみたいだった。
えんがわでセミの声を聞きながら、ヒメの様子を見つめる。ヒメはセミの声にさえ、こわがっているみたいだった。かわいそうに思えて、わたしは、自分の部屋にヒメを連れて帰った。
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