序章

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序章

 瓦礫の積み上げられた廃墟に、一人の女が佇んでいた。  波打つ漆黒の髪に、同じく黒いドレスを身に纏う。黒のベールより覗く顔は無表情のためか、人形めいた印象を持っていた。  身に纏う衣装や、瓦礫の岩の上でありながら上品に座る様から見て、女は身分の高い者に思われた。およそ廃墟に相応しくない女は、その場から一歩も動かずに、ただ真っ直ぐ前を見つめていた。その視線の先には、崩れ落ちた王国の残骸だけが閑寂と存在を残している。  強い風が真正面から吹き抜けて、女の長い黒髪を攫っていった。  不意に、背後辺りに人の気配を感じ取り、女は無言のまま振り返った。  女の目先には見慣れてしまった家屋の瓦礫と、見慣れぬ一人の天使がいた。淡い月の光が背後から射しているため、天使と思わしき男の表情は分からない。しかし、月光に浮かび上がる背からはえた翼は、眩いほどに白く美しい。絵空物語に描く、天使の虚像と重なる生き物が、真っ直ぐに女を見つめていた。 「何をしている?」  天使は女に問う。  滑らかな低い声に問われ、女は嘲笑したような笑みをベールの奥で零した。     
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