第一章 -5- 堕天

10/15
前へ
/314ページ
次へ
「いえ。なかなか手強い相手なので、籠に閉じ込める事が出来ないのですよ。日増しに逃げる勢いが早くなっている気がします。わたしの手に負えなくなる日も、遠くは無いでしょう」  憎たらしくも、心のどこかで愛しいと思う子供を思い浮かべて、ディエルは言う。 『でも、貴方と追いかけっこをしている時のあの子は、とても楽しそう。羨ましいくらいに』  一瞬、サリエルの横顔に深い翳りが落ちる。  彼女が何を思っているのかを察したディエルは、美しい女神の横顔を静かに見やった。  ラグナがサリエルに対して冷たいのは、昔からではない。  まだ二人が出会ったばかりの頃は、兄妹のように仲が良く、母子のように愛に溢れ、恋人のように互いを思っていた。もしかしたらそれは、過ぎ去った思い出を美化しているだけなのかもしれない。けれど今のように、あからさまに冷たい空気が流れる事は無かった。それだけは確かな事。  ラグナは敵意を向けた相手に、冷たく接したりはしない。嘲るか嫌がらせをするか、相手にしないかのどれかだ。逆に好意を持った相手には、不自然なほど優しくもあった。  好き嫌いがはっきりしている為、サリエルに対する態度はいささか不思議だった。  ラグナは気まぐれだが、このような事は初めてなのだ。こればかりはディエルにも、ラグナの真意が全く読めなかった。 「サリエル様……」     
/314ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加