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「いえ。なかなか手強い相手なので、籠に閉じ込める事が出来ないのですよ。日増しに逃げる勢いが早くなっている気がします。わたしの手に負えなくなる日も、遠くは無いでしょう」
憎たらしくも、心のどこかで愛しいと思う子供を思い浮かべて、ディエルは言う。
『でも、貴方と追いかけっこをしている時のあの子は、とても楽しそう。羨ましいくらいに』
一瞬、サリエルの横顔に深い翳りが落ちる。
彼女が何を思っているのかを察したディエルは、美しい女神の横顔を静かに見やった。
ラグナがサリエルに対して冷たいのは、昔からではない。
まだ二人が出会ったばかりの頃は、兄妹のように仲が良く、母子のように愛に溢れ、恋人のように互いを思っていた。もしかしたらそれは、過ぎ去った思い出を美化しているだけなのかもしれない。けれど今のように、あからさまに冷たい空気が流れる事は無かった。それだけは確かな事。
ラグナは敵意を向けた相手に、冷たく接したりはしない。嘲るか嫌がらせをするか、相手にしないかのどれかだ。逆に好意を持った相手には、不自然なほど優しくもあった。
好き嫌いがはっきりしている為、サリエルに対する態度はいささか不思議だった。
ラグナは気まぐれだが、このような事は初めてなのだ。こればかりはディエルにも、ラグナの真意が全く読めなかった。
「サリエル様……」
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