第一章 -5- 堕天

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 長いこと自室より出てこなかったサリエルは、見知らぬ花に疑問を持つ。  振り返った先で、優しい表情をした老天使は小さく微笑んだ。 「ええ。彼女の眠りが永久に安らぐようにと、アルヴェルの花を」  天界に唯一咲き乱れる、白き花。その花の意は、永遠の眠り。  棺に供える花で、これほどまでに適した花は他に無いだろう。 「それは、毎朝ラキエルが世話をしていた花壇の花なんですよ」  朝の祈りを済ませたラキエルは、決まって花に水をやる。誰に頼まれたわけでもなく、ただ、命の恵を与えていた。それは己に与えられぬ恵を、花に与えて自身を癒しているかのようにも取れる。  孤独で優しい青年に育てられた花を眩しそうに見つめるディエルに気付き、サリエルは瞳を閉じた。 『そう……。あの子の花が、同じ神の呪いを受けた娘に捧げられる。運命とは、悲しいものね』  白い花をそっと棺に飾り、サリエルは眠る娘を思い起こす。  白き鳥にとってはすべての終わり、黒き鳥にとってはすべての始まりになったあの日。残酷な運命の輪を動かした、滅びの娘。  彼女はただ眠る。  唯一、滅びの女神の呪いを受けながら、自由を手にする事のできた異例の存在。彼女は生も死も拒んだ。故に、永久に眠り続ける。世界の終わりまで、空の果てで。     
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