第二章 -7- 流れ行く者

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 彼はあまりにも完璧で、失敗も挫折も許されはしなかった。  じりじりと背後より迫る重圧感。羨望の眼差しに答えようとするあまりに、積もり続ける責任感。神の寵愛が失われるかもしれない恐怖。それらは彼にとって重過ぎるものだった。けれど救いを求める事すら許されない。完璧な姿を保ち続けたために、誰一人、彼の苦悩に気付かなかった。彼にとっての他人は、害こそあっても、良き存在となる事は無かった。だから、自分以外の存在など必要ないと、そう思っていた。  しかし、不可解だと思うのに、幸せそうな人々を羨んだ。  彼は自分に無いものを知り、初めて自分以外の人が羨ましいと、そう思ったのだ。  そして彼は、偶然訪れた国で彼女と巡り会った。  彼女は滅びかけた国に一人佇む、悲しい女だった。  全てを失い孤独に沈んでいた彼女は、死を選択していた。希望を失い、失意に震えながらも頑なに虚勢を張る彼女の姿は、彼の目に痛々しく映った。けれどそれが誰かに似ていた気がして、放って置く事ができなかった。  ほとんど無意識のうちに、彼女に手を差し伸べていた。  今でも、何故彼女を助けようと思ったのかなんて解らない。  初めて出会う人間をどうして救ったかなんて、きっとこの先もずっと解らないだろう。     
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