第二章 -7- 流れ行く者

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 ラキエルは緑の青々とした芝生の上に仰向けに倒れていた。草の香りが鼻腔をくすぐり、独特な土の匂いが遠い意識を現実に呼ぶ。小さく唸り声を上げて、軋む身体を起こした。途端、背に電撃が駆け抜けるような痛みを感じたが、それはすぐに治まる。代わりに血の巡る鼓動がやけに大きく聞こえ、背の感覚は痺れて消えた。  ぼんやりする視界を拳で擦って、長い前髪の間から辺りを窺う。  そこは、草原だった。  乾いた風にざわざわと撫でられて揺れる、瑞々しい草花。空は遠く深く、闇に解けるような暗い紺碧から緩いグラデーションを隔てた赤い空を、白く輝く小さな星の瞬きが彩る。その中で、美しい琥珀色の月が優しく光を零していた。  ラキエルは視線を一回りさせてから、大切な事を思い出し、慌てて声を上げた。 「ラグナっ」  一緒に落ちてきたはずの青年がいない。  もう一度目線を配らせて、黒衣の青年を探すが、彼はどこにも見当たらない。  焦りを感じて、ラキエルは勢い良く立ち上がった。  目覚めたばかりで急に頭を上げたせいか、軽い眩暈を感じた。しかし、そんなものなど気にせず、もう一度声を荒げて名を呼んだ。  返事は無い。  風に弄ばれて踊る草の音だけがラキエルの耳に入る。  ざわざわと、ラキエルの不安と呼応しているように。  ラキエルはじっとしていられず、方向もわからぬまま歩き出した。     
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