第二章 -7- 流れ行く者

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 きつく噛み締めた唇で、すべての雑言を留めた。口を開けば、自分が何を言い出すかわからなかった。焦燥感に駆られるあまりに、ラグナへ八つ当たりじみた不満を叫ぶのか、それとも気付けなかった自身を責め悔いる言葉が漏れるか。確実なのは、発せられるものが労わりの言葉ではないという事だけだ。  けれど感情と行動は真逆で、ラキエルはラグナを背負ったまま未開の世界へと一歩踏み込んだ。  救いを求めるために。ラグナを助ける力をラキエルは持たない。サリエルならもしかしたら、彼を救えるだろう。空で別れた幼い女神を想うが、彼女はここにいない。  人に縋る己に抵抗が無いわけではない。けれどそんな安い矜持にしがみつき大事なものを失くしては、なんの意味も無いのだ。  知らない場所へ踏み込む微かな恐怖。  拒絶され続けてきたラキエルの思考に、差し伸べられる優しい手は無い。だが、もしかしたら、サリエルのように躊躇いも無く腕を差し出してくれる人が居るかもしれない。そんな思いが希望となって、ラキエルの足を宿へと進めた。  門より零れた光が眩しくて、ラキエルは瞳を細めた。  腕を伸ばし、古びた金具に錆びが目立つ、薄汚れた木の扉に触れる。そのまま軽く力をこめて扉を押すと、耳障りな軋んだ音を立てて門が開く。歓迎されているような気はしない開き方を無視して、ラキエルは店の中へと踏み入った。  むっとした酒の香りが一層強く漂う。  不愉快なそれに顔を顰めるも、ラキエルは人の姿を求めて視線を走らせた。     
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